マタニティマークは不要じゃないよ!とやっぱり思うの巻

      2017/01/21

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今日は帰りの電車で座ることができたので、ぼけーっとしながらゆらゆら帰宅。

ふと顔をあげたら、斜め前にロングコートで少しお腹が大きく見える女性が立っている事に気付きました。
(妊婦さんかな。靴もぺたんこだし…でもモコモコしたコート着てるしどうかな…、声かけて違ったら気まずいな…うーん…)
とな悩みつつ、鞄にマタニティマークをつけていないか探してみましたが見当たらず。一駅ほど悩んだ結果、一か八かで

 

「妊婦さんですよね?どうぞっ」
と声をかけてみました。結果
「あ、ありがとうございます、では…」
(о´∀`о)!無事(?)妊婦さんでした!
マタニティマーク付いていないと、やっぱりパッと見で妊婦さんか判定するのは難しいですね…。

 

思えば自分も妊娠中、数えきれないほど席を譲っていただきました。特にお腹が大きくなる前の時期はつわりと貧血で体調がかなり悪く、座らせて頂ける事が本当にありがたかったです。

「妊婦アピールうざい」「不妊で悩んでいる人が傷つく」「そもそも電車に乗らないでタクシー使え」なんて意見もネットでは見かけますけど、黙れぇっ!( ゚Д゚)と言ってやりたい。
そして、こういう一部のネガティブな意見を拾って「マタニティマークにはこういうマイナス面も多い」みたいな報道を大々的にすることも私は好きではないです。

 

以下、かたつむりの言い分。
妊婦アピールうざい!⇒お腹に赤ちゃんがいると言う事実があるんですからそれを表明して何が悪いんですかね。敏感派の方々には「妊婦さまが通るぞー!そこどけそこどけ席譲れぇ!」って見えちゃうんでしょうか。見えてるのかな。それは病気です。

 

不妊で悩んでいる人が傷つく⇒これは、確かに考えさせられる問題です。赤ちゃんが欲しいと願っていながら中々叶わないと言う事は、努力だけでどうにもならない部分も大きく、悩みも苦しみもとても深いものだと思います。体験していない人間が全てを察することができるような、そんな簡単な感情ではないだろうという事も理解しています。
ただ。これは不妊に悩んでいるその人自信が乗り越えなければならない問題であり、周囲(それも無関係の妊婦)が気を使う必要はないのではないかと思うのです。「すれ違った時に傷つくかもしれない誰か」のために、体を大事にしなくてはならない妊婦側が気を使うのはおかしい。マタニティマークを否定する理由にはならないと思います。

そもそも電車に~⇒論外です。マタニティマーク見たくらいでこんなにイライラしてるなら、ご自身こそ家から出なければいいのに。

 

妊婦さんを敬え!とか特別扱いしろ!とか、そういうことを言いたいのではなく。自分も妊娠をして初めて知りましたが、体がどうしても通常の時とは違うんですよね。体調も悪いし、すぐに疲れてしまうし、転倒も怖い。生き物の本能なのか周囲にもなんだか敏感になる。
大半の妊娠出産は無事に済みます。でも妊娠中に体調が急変したり母子に重大な危機が起きることだってある。(え?そんなのしらない?「コウノドリ」読んで学んでください。)そもそもは、そんな妊婦さんの体調不良時の処置を医療関係者や周囲が誤らないようにという理由で誕生したのがマタニティマーク。感情論でんでんの話じゃないんです。
日本の社会では「自己責任」という言葉がすぐに出てきます。「子供がほしくて自分の意思で妊娠したんだから、マイナス面は自己責任」って感情を心の奥底で抱いてる人が一定数いて、そういう人がネットで色々発言して、メディアに拾われ拡散される。
マタニティマークが幸せそうな絵柄なのがいけないとかいう意見もありましたよね。

 

思うに、妊婦さんへの周囲の対応って

「ちょっと大変なんだろうな」

これだけでいいと思うんです。妊婦さんを妊婦さんと周りが認識して、ちょっと大変なんだろうなってほんのささやかな気遣いをする。(そんな余裕なければ、攻撃さえしなければいい。)

 

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そして私自身、妊娠中は本当に本当にたくさんの方に優しくしてもらいました。家族友人同僚上司のみならず、電車内で出会った方、店員さん、通りがかりの奥様…。恩返しじゃないですけれど、自分も妊婦さんに何か少しでもできることがあれば、ぜひ行動したいなってほんのり思っています。
だからお願い。マタニティマーク付けてね。ご自身の体のためにも、こんなおせっかいな気持ちを持っているおばちゃんのためにも…

 

なんだかまとまりがないな。まぁいいっか。では…

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