黒沢健一さんとの別れ

   

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なかなか気持ちの整理がつかずに書けませんでしたが、献花の会もおわり、なんとなく色んなことが落ち着いたような気がするので、自分の気持ちにちょっと向き合ってみようと思います。

 

昨年末。健ちゃんの訃報を聞いたときは、これは夢だ。健ちゃんは元気になって帰ってくるはずだ。と、素直に現実を受け入れることができませんでした。職場のトイレで休憩時間に泣き、帰宅する電車でも呆然とし、子供を迎えに行っても帰宅しても、自分の中身がどこか遠くに飛んで行ってしまったような感覚に陥りました。

 

私が健ちゃんを好きになったのは、およそ10年前。もうL⇔Rはとっくに活動休止になっていましたが、当時まだ彼氏だった夫に影響されて聴くようになり、すっかり夢中になりました。

 

当時の私は、自分の力で解決するのは難しい悩みをいくつか抱えていて、この先の人生、というものを思い描くことが全くできない状況でした。まだ20歳そこそこ。メンタルも未熟で、経験値も低く、経済力もなく、生きることに行き詰って、抜け出せない暗闇の中をさまよっていた感じです。

 

健ちゃんの曲は、「前を向いて明るく頑張ろうぜ!」という前向き応援系でもなければ「この世は絶望だらけだぜ…」という悲観係でもなければ、「アナタが好きなの一緒にいたいの」というラブソングでもない。

 

あえて言うなら。何も言わずに隣に座って、「温かいもんでも食べようぜ」と言ってくれるような存在でした。耳にいつまでも残るメロディーは、時には私の心を揺さぶり、時には涙を受け止めてくれる。ストレート過ぎず、でもぼやけてもいない歌詞は、いつも気持ちの端っこをそっと握ってくれる。

 

健ちゃんの歌に、どれだけ救われたか。

健ちゃんの声に、どれだけ元気をもらったか。

つらい時間に、どれほど健ちゃんの曲が寄り添ってくれたか。

ライブがあると思うだけで、どれだけのことに耐えられたか。

 

そんなの、言葉になんてできません。

はにかんだように笑う、あの優しくて柔らかい笑顔がもう二度とみられない。

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信じられないよ。

 

病気の報道を見ても、きっと健ちゃんは元気になって、また恥ずかしそうに笑いながらみんなの前で歌ってくれる、と信じていました。

 

23日の献花の会、どうしてもいけない用事が入ってしまい、お花を手向けることは叶わなかったのですが、報道やtwitter、献花された方のブログなどを見ていたら、波打っていた感情がなんだかすっと落ち着いたような気がしました。

 

献花台の真ん中に飾られていた写真は、私の中でのベストオブ健ちゃん。あの写真の周りに、たくさんのお花が並んだんだ。そうか、よかった。そんな気持ちになりました。

周りの人たちにも本当に愛されていたんだな。音楽の神様も健ちゃんのことを好きになって、連れてっちゃったのかな。健ちゃんなら仕方ないか。だってすごい人だもん。

 

もう姿がない、もうこの世に存在しない。

その事実はまだすべて受け止めきれたわけではないけれど、残してくれた楽曲たちはいつだってそばにいてくれる。

 

これからも健ちゃんの曲を、大切に大切に聴き続けていきたいと思います。

 

黒沢秀樹さん オフィシャルブログ


横山シンスケさん ハロー、僕はここにいるよ~黒沢健一に寄せて

河原あずさん こんな小さな世界を君は旅立ってゆく(黒沢健一さんへの私信)

 

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